予備校での経験 × 人とのつながり × 環境と行動
最近になってめっちゃ寒いですね~。
残念ながら先日の雪は積もりませんでしたね。
東北の人にとって、雪は当たり前かもしれませんが、関東に住む私にとって雪はちょっとわくわくしちゃうんですよね。
私、スノボ好きですし。^^
数年前に大雪が降った時、夜中に奥さんと、
「雪、超積もってる!!」
「ちょっとコンビニまで散歩行こうよ!」
と言って、夜中にノリノリで長靴履いて、傘をさして、あえて雪が積もってるところを歩いて笑いあいながら出かけたものです。
なんか、こう、いつもの景色がいつもと違う情景に変わるのがちょっとプレミアムな感じがして、楽しくなっちゃうんですよね。(笑)
さてさて。今回は試験に受かるコツについて、ちょっと昔ですが、私が大学受験に落ちて予備校に通っていた時のお話です。
高校生のころ、私は偏差値40ちょいの、公立高校に通っていました。
高校3年くらいになると、
「はたらくの?」
「大学いくの?」
という選択を迫られます。
ケツの青い若造だった私は、
「まだ、はたらきたくないでござる!」
と、大学進学を決めました。
父の、
「大学って勉強しに行くところだよ」
「おまえ、勉強嫌いじゃなかったっけ?」
というアドバイスもよそに受験勉強を始めました。
(お父さん、すいません。)
公立の下の方でろくに勉強もしてなかった私は、当然のごとく、大学受験に失敗しました。
そして、大学受験のための予備校に行くという選択をします。
予備校に関しては、父が、
「代ゼミや河合などの大きな予備校だとこいつは勉強しないだろう」
と、中央線にある小さな少人数制の予備校を探してきてくれました。
社会人でもない。
学生でもない。
浪人生になりたてのころは、駅前にあった予備校の自習室で、1日中、中央線の発射サイン音をリピートしながら、
「ああ、俺はこれからどうなってしまうんだろう。」
と、ブルースしていた記憶があります。
幸いながらぼっちはそんなに長く続かず、その予備校で大学浪人生になった、ちょっぴりやんちゃな6人の予備校生と仲良しになります。
その予備校は駅前の雑居ビルにあり、
案の定、1階で「ちょっとワンコイン」していたら、通っていた予備校の受付のお兄さんが怖い顔で後ろに立ってたことがよくありました。
みんなの授業が空いてる時間は、近くに住んでいたやつの家でみんゴル大会(みんなのゴルフ)というダメっぷり。(汗)
しかし、
予備校生活も後半になってくると変わってきます。
やはりみんなして勉強をしだすんですよね。
マックでポテトを食べながら英単語。
予備校の廊下で正座しながら古文。
遊ぶ時間は徐々に減り、勉強する時間がどんどん増えていきます。
結果、1年後には浪人生6人とも大学に合格しました。
私も、偏差値60以上あった学部に無事受かりました。
高校時代の時は遊んでばっかりだったこの浪人生たち、
なぜ、大学に受かったのでしょうか。
なぜ、勉強を始めたのでしょうか。
それは、
大学に行く。
という選択をしたからですね。
人は目的を決めることで、行動することができます。
高校時代の時と同じように遊んでいても、
「あ、勉強しないとな…」
と、目的と違うことをしていると、心のどこかで、違和感を覚えるんですよね。
予備校に行く
という環境が、
大学受験に受かる。
という目的に沿った行動になってるわけです。
誰が言い出したわけでもないですが、
「おいおい、そろそろ勉強しないとやばくね??」
という空気が流れたんですよね~。
この「空気」っていうのが大事で、その環境に身を置くと、その場の「空気」に、自分の行動も左右されたりします。
人間って弱いものですね。(^^;
ネットビジネスの場合でも一緒で、人間、一人だとものすごく弱いんですよね。
ここでの「弱い」には二つの意味があります。
1. 知識的な意味で
2. やる気的な意味で
私も、ネットビジネスを始めたときは一人でした。
見よう見まねでサイトを作って、更新しまくったのですが、1年たっても全くアクセスが来ない。。成果が出ないまま一年間も続けた私も偉い(バカ?)ですが、なぜ当時、自分がもっているちっぽけな知識のみで、
「気合と物量で攻めればなんとかなる!!」
と思ったのか…。
結果は1000記事更新しても月に1万円もいかない惨敗でした。
転機になったのは、セミナーで知り合った人に聞いたネットの塾。
当時、募集していた塾に行って学び、
わからない部分を聞いたり
作った文章を見てもらったり
同じ時期に始めたやつに抜かれるのが悔しくて頑張ったり
そうこうしているうちに、いつの間にか、
放置でも家族三人で暮らしていけるくらいの資産ブログが出来上がっていました。
一つ言えるのは、あのまま一人で頑張っていたら何も変わらなかったということですね。
そのネット塾は今はもうあまり機能しなくなってしまったのですが、そこで学んだ知識や経験以外に残っている資産があります。
それは人です。
同じ時間、空間を共有した仲間というのは、どこかちょっと特別なもの。特に、キツイ時期を一緒に乗り越えた仲間というのは、一生ものの資産になります。
ファーストコンタクトをとるのは、すごくドキドキするものですよね。
でも、勇気を出して話しかけてから距離が近くなり、その後もずっと続く仲になったりします。おかげで、今でも最新や裏の情報を、仲間と共有することができています。
ネットビジネスでも、ぜひ、そういった仲間がいるといいですね。
新しい場所に飛び込む。
チャンスがあったら行動してみてくださいね!
残念ながら先日の雪は積もりませんでしたね。
東北の人にとって、雪は当たり前かもしれませんが、関東に住む私にとって雪はちょっとわくわくしちゃうんですよね。
私、スノボ好きですし。^^
数年前に大雪が降った時、夜中に奥さんと、
「雪、超積もってる!!」
「ちょっとコンビニまで散歩行こうよ!」
と言って、夜中にノリノリで長靴履いて、傘をさして、あえて雪が積もってるところを歩いて笑いあいながら出かけたものです。
なんか、こう、いつもの景色がいつもと違う情景に変わるのがちょっとプレミアムな感じがして、楽しくなっちゃうんですよね。(笑)
さてさて。今回は試験に受かるコツについて、ちょっと昔ですが、私が大学受験に落ちて予備校に通っていた時のお話です。
ゲーセンとビリヤード場が同じ建物に入ってた予備校の話
今は昔。高校生のころ、私は偏差値40ちょいの、公立高校に通っていました。
高校3年くらいになると、
「はたらくの?」
「大学いくの?」
という選択を迫られます。
ケツの青い若造だった私は、
「まだ、はたらきたくないでござる!」
と、大学進学を決めました。
父の、
「大学って勉強しに行くところだよ」
「おまえ、勉強嫌いじゃなかったっけ?」
というアドバイスもよそに受験勉強を始めました。
(お父さん、すいません。)
公立の下の方でろくに勉強もしてなかった私は、当然のごとく、大学受験に失敗しました。
そして、大学受験のための予備校に行くという選択をします。
予備校に関しては、父が、
「代ゼミや河合などの大きな予備校だとこいつは勉強しないだろう」
と、中央線にある小さな少人数制の予備校を探してきてくれました。
社会人でもない。
学生でもない。
浪人生になりたてのころは、駅前にあった予備校の自習室で、1日中、中央線の発射サイン音をリピートしながら、
「ああ、俺はこれからどうなってしまうんだろう。」
と、ブルースしていた記憶があります。
幸いながらぼっちはそんなに長く続かず、その予備校で大学浪人生になった、ちょっぴりやんちゃな6人の予備校生と仲良しになります。
その予備校は駅前の雑居ビルにあり、
1階:ゲームセンター
2階:ビリヤード場
3階:銀行のATM
4階:カラオケ
5階:予備校
という、なんとも5階までたどり着けなそうなフォーメーション。2階:ビリヤード場
3階:銀行のATM
4階:カラオケ
5階:予備校
案の定、1階で「ちょっとワンコイン」していたら、通っていた予備校の受付のお兄さんが怖い顔で後ろに立ってたことがよくありました。
みんなの授業が空いてる時間は、近くに住んでいたやつの家でみんゴル大会(みんなのゴルフ)というダメっぷり。(汗)
しかし、
予備校生活も後半になってくると変わってきます。
やはりみんなして勉強をしだすんですよね。
マックでポテトを食べながら英単語。
予備校の廊下で正座しながら古文。
遊ぶ時間は徐々に減り、勉強する時間がどんどん増えていきます。
結果、1年後には浪人生6人とも大学に合格しました。
私も、偏差値60以上あった学部に無事受かりました。
高校時代の時は遊んでばっかりだったこの浪人生たち、
なぜ、大学に受かったのでしょうか。
なぜ、勉強を始めたのでしょうか。
それは、
大学に行く。
という選択をしたからですね。
人は目的を決めることで、行動することができます。
高校時代の時と同じように遊んでいても、
「あ、勉強しないとな…」
と、目的と違うことをしていると、心のどこかで、違和感を覚えるんですよね。
予備校に行く
という環境が、
大学受験に受かる。
という目的に沿った行動になってるわけです。
誰が言い出したわけでもないですが、
「おいおい、そろそろ勉強しないとやばくね??」
という空気が流れたんですよね~。
この「空気」っていうのが大事で、その環境に身を置くと、その場の「空気」に、自分の行動も左右されたりします。
人間って弱いものですね。(^^;
ネットビジネスの場合でも一緒で、人間、一人だとものすごく弱いんですよね。
ここでの「弱い」には二つの意味があります。
1. 知識的な意味で
2. やる気的な意味で
私も、ネットビジネスを始めたときは一人でした。
見よう見まねでサイトを作って、更新しまくったのですが、1年たっても全くアクセスが来ない。。成果が出ないまま一年間も続けた私も偉い(バカ?)ですが、なぜ当時、自分がもっているちっぽけな知識のみで、
「気合と物量で攻めればなんとかなる!!」
と思ったのか…。
結果は1000記事更新しても月に1万円もいかない惨敗でした。
転機になったのは、セミナーで知り合った人に聞いたネットの塾。
当時、募集していた塾に行って学び、
わからない部分を聞いたり
作った文章を見てもらったり
同じ時期に始めたやつに抜かれるのが悔しくて頑張ったり
そうこうしているうちに、いつの間にか、
放置でも家族三人で暮らしていけるくらいの資産ブログが出来上がっていました。
一つ言えるのは、あのまま一人で頑張っていたら何も変わらなかったということですね。
そのネット塾は今はもうあまり機能しなくなってしまったのですが、そこで学んだ知識や経験以外に残っている資産があります。
それは人です。
同じ時間、空間を共有した仲間というのは、どこかちょっと特別なもの。特に、キツイ時期を一緒に乗り越えた仲間というのは、一生ものの資産になります。
ファーストコンタクトをとるのは、すごくドキドキするものですよね。
でも、勇気を出して話しかけてから距離が近くなり、その後もずっと続く仲になったりします。おかげで、今でも最新や裏の情報を、仲間と共有することができています。
ネットビジネスでも、ぜひ、そういった仲間がいるといいですね。
新しい場所に飛び込む。
チャンスがあったら行動してみてくださいね!
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著者プロフィール 漫画とゲームが大好きな、なかなか大人になれない36歳。 父親と母親、ともに教師の家の次男として生まれ平和に育つ。 20代後半に社会の洗礼を受け、毎月残業80時間を超す(残業代は出ない) ブラックなネット広告代理店にてネット関連のプロモーション業務に従事。 30歳の時、結婚と転職を機に、もっと人間らしい生活と、 嫁と家族の幸せを求めて独自でインターネットビジネスを始める。 現在は平和な職場環境の元、副業としてネットビジネスを展開し、 インターネットを活用して複数の収益源を確保することに成功。 自身のビジネスを拡大させながら、そこで得た秘訣や、 会社に頼らず、自身の能力で稼ぐ方法をメルマガで配信中。 配信しているメルマガの内容はコチラ。 ネットビジネスが初めての人向け、セミナー音声もプレゼント中です。 理不尽なことがと嘘が嫌いで、建設的なことやお話が好きです。 おすすめの漫画は「ヴィンランド・サガ」と「ぽっかぽか」です。 |
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